国宝 朝 光 寺

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  右上の荷篭谷(画面を写真に切り替えてください)に あるのが「念佛宗三寶山・無量寿寺」です。
  この場所は、「Wikipedia」にも書かれていますの  で興味がある方は、検索してみてください。
  施工会社 「(株)大成建設」大手です。
検索が面倒な方は、下記をお読み下さい。
掲載内容は、全てコピーです。
  このような宗教が世の中からなくなることを期待し  ています。
 古木に囲まれ静けさを感じる最良の場所です。下の情報を見れば本当に嘆かわしいことです。

開祖
開祖は久世太郎(本名:福井真尚/別名:戸倉貞和)である。開祖は善知識と呼ばれている[2]。元サイコロ占い師であり、詐欺まがいで金銭面でのトラブルを起こして被害者の会から神戸地方裁判所損害賠償を求める仮差押の申請がなされた[3]。久世太郎は高野山金剛峯寺第395世管長琳真大僧正の6番目の弟子と称しているが、真言宗はそのような事実は無いと否定している。
法主、善智識
法主は、元大阪医科大学付属病院医師である郡真海である。実権は、久世太郎にあると関係者は口をそろえている[2]。開祖久世の三人の高弟の一人であり、残りの宮川、清水とともに、『二祖の先生』と呼ばれる[要出典]。久世氏を含め、この4人が、念仏宗の善智識である。

本尊

阿弥陀三尊である阿弥陀如来観音菩薩勢至菩薩を本尊とする。[4]

経典

基本は一切経であるが、依処として大無量壽経、感無量壽経、阿弥陀経の浄土三部経、ついで父母恩重経を特に重視している。[4]

教義

釈尊の教えである仏教経典(一切経)を基とし、『念仏』をよりどころとする。佛教を智慧の宗教と定義し、智慧の完成(般若波羅蜜阿耨多羅三藐三菩提、無上正等覚、無上正遍知)、即ち『大涅槃』を目指す。人としての道である『四恩』を大切にし、私たちは生かされていることを自覚する。
 四恩・・・一、父母の恩 父母に孝養を尽くす。
      二、衆生の恩 生きとし生けるものに感謝の念を持つ。
      三、国王(社会)の恩 社会の規則を守り、目上の人を尊敬し、社会に対する務めを果たす。
      四、三法の恩 三宝(仏、法、僧)に帰依する。

教団

教団の機構は、本山と北海道、関東、東海、北陸、京都、奈良、関西、中・四国、九州の全国九教区に分かれる。[4]法主と教団の理事長(現在はユニーの西川氏)は兼任されず、また、その職は世襲制ではない。[5]

本山は、嵐山に新庵、旧庵、第二新庵(宗務局)、第三新庵があり、全国の九教区には、それぞれ別院、道場と呼ばれる精進のための施設がある。また、兵庫県社市の『佛教の王堂(11月落慶予定)』、『ナーランダ大学(工事中)』や富士宮市の『関東本山(用地取得済み)』など、超巨大建設物の建設が目白押しである。

歴史

念仏宗(念佛宗)を教団名に含んでいるが、元来、一般的に念仏宗と総称される融通念仏宗浄土宗浄土真宗ではない。このような浄土教鎌倉仏教の宗派とは異なる仏教系の新興宗教である。無量寿寺も「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えること[1]が共通しているため、いっそう紛らわしさがある。唱え方にオリジナリティがあり[要出典]、南無阿弥陀仏を十回(十念)ずつ独特の節回しで唱える。

1979年12月に単独宗教法人として京都府に認可された。京都大学大学院中西輝政寛仁親王[6]ダライ・ラマ14世[7]などを広告塔とし急成長した。

特徴

秘密主義の新興カルトであるが、教義は浄土三部経や南無阿弥陀仏の称名念仏を独自に解釈・発展させたものであり、独自の儀式を基軸にし、その儀式により得られるとする証(あかし)を信仰のよりどころとしている。相伝の書があり公開されたこともある[2]。教義一切は教団外に漏らしてはならず口外すれば無間地獄に落ちるという教義や、悪用されるのを恐れて仏法を裏に隠したという教義、儀式の特徴は、善鸞がはじめた隠し念仏にルーツがあるのではないかと見られている[2]

1989年に日本の仏教第14宗[8]として監督官庁に認可されたと月刊誌に主張しているが、そのような事実は確認できない。

信者は同行と呼ばれる。熱心な同行であればあるほど、善知識、専従と呼ばれる僧籍を有する上位者に宗教的隷属意識をもつ。信者に対しては集団心理を悪用した洗脳を行う。30万円、100万円と高額の入会金が必要となる[2]。(一般成人の場合の標準額38万円:2008年現在)

入信までの流れの概要は以下の通りである。

勧誘
取引先の社長や身近な親戚等、容易に断われ切れない相手から、釈迦が教えた仏教の真髄を学べる等と説得され、とにかく京都に来て嵐山の無量寿寺に行くようにと執拗に勧誘されるのが典型的なパターン。いい話・機会は今[2]、ありがたい話[9]と勧誘される。
「儀式」
入信儀式

前日に京都の旅館へ行く[2]。宿泊は、東○インに指定されており、毎朝タクシーにて別院に通う。京都にある京都別院にて2泊3日間で監禁状態で洗脳される。非日常の特殊な心理状態下で教義の講義と、独自の儀式がある[2](定員は50名:2008年3月現在)。

説法を聞いてから、白装束を着て、仏間で「よし」といわれるまで頭をぶつける[2]。教義は秘密で口外すると無間地獄に落ちると脅迫される[10][9]。儀式の後に、太陽直視(日想観と称す[9])、虚空に満ち満ちている光の粒子(化仏化菩薩と称す)を見ることが出来るようになったと言われ、これらは儀式により菩薩になった証とされる[2]。しかし、実際は、太陽光線のような強い光を直視した場合、眩しすぎて涙が出る他、視神経が閾値を越えてブラックアウトという麻痺状態になるが、それで即失明するわけではない。ただし、太陽直視を続けた場合、網膜や視神経を損傷して失明を起こす危険性がある[11]。最終日に数十万円から数百万円の入会金を支払う。日時入りの「信心決定」という封筒を貰う[9]

その後、帰宅してから、へそに「南無阿弥陀仏」と書いた紙を貼り付けて眠り、翌日、川に流す[9]

五具足相伝
また、200〜300万円で五具足相伝という儀式が受けられ、浄土で生まれる場所が変わると言われている[2]
活動

儀式が済み入会すると、各地域にある支部(別院)にて同行としての活動が開始する。同行同士で集まり勤行したり、また本山より説法師を迎えての説法を聴聞する。青年部の活動としては、同行の子供を対象にした林間学校等が行われ、ここでは仏教の基礎的な教え(四恩等)を元に活動する。一方で、多額の布施が必要となり、年数回の高額に設定された布施や回向、ほかにもなんらかの高額の出費がたびたび必要となる[2]。通常、一般同行は、布施や回向に対し、功徳を積む、祖霊を救うとして、自発的かつ肯定的に捉えている者も多い[要出典]。インターネット上にある匿名の掲示板『知りたい。。。』によると、多額の出費や行事参加の強要に対して、真偽、実数は確認できないものの、一部の信者、元信者が不満、反発を訴えている。

儀式によって、仏になったため、死んだ信者は死後硬直が起きないという非科学的な事象を信じている[1]。 また信者が死亡涅槃と称す)すると、奇跡を確認する名目で死体を触って死後硬直や体温低下が無いことやその唾液口臭を確認する異常な行動パターンを集団で行う。死体には法水と呼ばれる水もしくは薬品を飲ませる場合と飲ませない場合の2通りがあり、飲ませた際にはその効用が顕著に現れるが、飲ませない場合も硬直がすぐにとける等の独特の状態を表す。ただし、これらはエンバーミングとも共通する事象である。

広告塔

上述のように多額の金銭が必要となることから、信者は主に富裕層をターゲットにしており、元農林水産省事務次官日本中央競馬会理事長や日本銀行政策委員会委員などを歴任した故・武田誠三(念仏宗:元理事長)や、日本コロンビア社長の望月和夫(念仏宗:前理事長)、ユニー名誉会長の西川俊男(念仏宗:現理事長)などの官界や財界の有力者も名を連ねている[12]。西川俊男は、名前を貸しているだけで教団の実態はわからないと週刊誌の取材に対して言い逃れをした[1]

寛仁親王が念仏宗無量寿寺の信者であるかのように教団は勧誘・宣伝していたが、教団が1991年に盲人写真展のスポンサーとなった以外の事実は確認されていない[1]

裏金つくり
幹部であった元信者によれば「護持会」という組織が、旅行の宿泊費には領収書を切らずに月300万円ほどの裏金を作り、教団本部に流していた[2]
「地域住民とのトラブル」
真如の里

1992年5月に岐阜県加茂郡にある白川町八百津町に67万坪の土地を購入し、新たな拠点「真如の里」と産業廃棄物処理施設を建設しようとした[2]。しかし、1996年、これだけ大規模な宗教施設(ならびに産業廃棄物処理施設)がオウム真理教サティアン建設の二の舞になるのではという懸念と、念仏宗無量寿寺と緊密な関係にある産業廃棄物処理業者を恐れて、地元住民による反対運動が起こった[2]。隣接する御嵩町では産業廃棄物処理施設反対派の柳川町長(当時)が襲撃される事件があった[13]。柳川町長(当時)は二人組に襲撃されて瀕死となった[2]。しかし、地元住民の強い反対により中止に追い込まれた。この際、無量寿寺は反対運動でビラを配った住民を名誉毀損で訴え、被告の住民は、高額の壷を売りつけるという記載に損害賠償を命じられた。霊感商法まがいという表現に対しては、真実と信じるに相当な理由があったとして賠償が却下された。[14]

「真如の里」の移転先として、京都府船井郡丹波町が選ばれたが、これも頓挫した[2]。この時は、美術館をつくるなどと述べ、寛仁親王の話を盛んにしたため、教団のトップが寛仁親王であると住民に思われていたという[2]

その後、兵庫県加東市(合併前の当時は兵庫県社町)に計画変更した。この土地は、ペーパー会社のヒューマンアンドメンタルヘルスが買っている[9]。別名で開発許可をとり、その後、宗教施設を建てるということである[9]。 なお、進出が決まった当時の兵庫県社町の上石勝己町長、小寺博助役、石田三千男総務部長(いずれも当時)が2001年参議院選挙の際に公職選挙法違反容疑(公務員が職務上の地位を利用)で逮捕された[15]。公職選挙法違反の割には、兵庫県警が通常より厳しい捜査姿勢で臨んでいたことから、暴力団の新たな資金源になっている可能性が疑われたり、上石勝己町長(当時)には念仏宗無量寿寺から五千万円が渡ったという非公式な情報が出回っていた。複数の暴力団が絡んでいるという[9]

白糸の滝
2007年には、富士宮市にある天然記念物白糸の滝の入り口にある「富士急白糸滝レストセンター」の跡地を無量寿寺が取得していることがわかった[16]。住民は反対運動を起こした[17]。富士宮市は土地を取得し「富士山世界文化遺産センター」にしたいとしているが、無量寿寺は売却は考えていない[18]
その他

1998年、無量寿寺の京都別院建設に対し、付近住民が署名を京都市に提出し反対運動を行っていたが、無量寿寺の関係者はポスターの撤回を求め、嫌がらせの電話を行い、住民の反対をよそに建設を行った[9]。無量寿寺に関する記事を訴えて裁判に勝っているという嘘も述べた[9]

1998年、福井県朝日町では、製麺屋が道場の名前で建築確認を取り、中学校の前に建設していた建物が、急遽、無量寿寺の福井別院と名を変えた[9]。反対運動を行った住民に対し、携帯電話や勤務先に無言電話があり、反対運動の看板が燃やされるということが起こった[9]

2000年、石川県金沢駅西口での駅西会館の建設に対して、地元住民が投票を行い建設反対に可決されたがこれを無視して建設を行い、反対者に裁判で訴えると言ったり、尾行や監視も行われた[9]。金沢の別院は2002年に完成した。

仏教サミット

無量寿寺は、日本仏教徒連合(JBA:The Japanese Buddhist Association)を名乗り、仏教サミットを開催しているが、日本の仏教徒を代表していない[19]

1998年4月3日には、「第1回全世界佛教サミット」を開催してダライ・ラマ14世を日本に招いた。週刊朝日の記事によれば、念仏宗無量寿寺はダライ・ラマ14世に布施の名目で2億円を払ったと報道された[20]

2000年11月には、「第2回全世界佛教サミット」をタイ王国で開催して某プラサンカラートを招いた。しかし、この某プラサンカラートは実際には全くの贋者であり、正体は金銭トラブルの多い仏教系の新興カルトのタマカイ寺院(タンマガーイ寺院)グループの長老であり、布施で寄進を受けた土地を個人名義に変えていたため、タイ国仏教会からは非難され、またタイ仏教の最高権威であるプラサンカラート(タイ仏教の法王)からも、2007年1月に「僧は私有財産を持つべきではない」との見解を示されていた[21][22]。その後、念仏宗無量寿寺が招いた某プラサンカラート(贋者)は、タイ警察当局から指名手配されて国外逃亡している。[23]

現在まで、念仏宗無量寿寺が催す全世界佛教サミットは合計4回まで開催されている。

(参考)世界仏教徒会議
ちなみに、仏教の国際会議としては、1950年より続いている世界仏教徒連盟(WFB:World Fellowship of Buddhists)による世界仏教徒会議(2008年は日本大会)[24]がある。これには、日本国の9割以上の寺院が所属する仏教団体の連合体として全日本仏教会(Japan Buddhist Federation)[25]が毎回代表者を参加させている。
「 波 紋 」
兵庫県加東市(合併前の当時は兵庫県社町)に計画変更した。この土地は、ペーパー会社のヒューマンアンドメンタルヘルスが買っている。別名で開発許可をとり、その後、宗教施設を建てるということである。なお、進出が決まった当時の兵庫県社町の上石勝己町長、小寺博助役、石田三千男総務部長(いずれも当時)が2001年参議院選挙の際に公職選挙法違反容疑(公務員が職務上の地位を利用)で逮捕された(注2)。公職選挙法違反の割には、兵庫県警が通常より厳しい捜査姿勢で臨んでいたことから、暴力団の新たな資金源になっている可能性が疑われたり、上石勝己町長(当時)には念仏宗無量寿寺から五千万円が渡ったという非公式な情報が出回っていた。複数の暴力団が絡んでいるという
開祖・善智識(久世太郎)
本名・ 福 井 真 尚